【相続の注意点】遺留分侵害額請求の落とし穴:「10年ルール」と「無期限の控除」の違いとは?
いばらき法律事務所の弁護士の横山耕平です。
当事務所のホームページでは、皆様が抱える法的な問題やお困りごとについて、食品の「成分表示」のように透明で分かりやすい情報を提供したいと思っています。今回は、相続に関する「遺留分侵害額請求」制度の複雑なルールについて解説します。
近頃、身近な方のご逝去を機に、相続について改めて考えたいというご相談が増えているようです。特に遺言書の内容が、特定の相続人に偏っていたり、全く財産を与えない内容であったりした場合に問題となるのが「遺留分」です※1。
令和元年(2019年)に施行された改正相続法(民法)により、遺留分を巡る制度は大きく変わりました。特に、遺留分を計算する際の「特別受益」(生前贈与など)の取り扱いは非常に複雑で、知らないと請求できる金額が大きく減ってしまう可能性があるため、注意が必要です。
遺留分制度の大きな変化:金銭解決への一本化
まず、改正前の「遺留分減殺請求」は、遺留分を侵害する財産自体(例えば不動産の持分)を取り戻す「現物返還」が原則でした。このため、遺産が不動産や非上場株式などの事業用財産であった場合、共有関係が生じ、その後の利用や処分を巡ってさらなるトラブルが発生しやすいという問題点がありました。
この問題を解決するため、改正法(令和元年(2019年)7月1日施行)では、制度の名称が「遺留分侵害額請求」に変わり、侵害された遺留分に相当する額を金銭で支払うよう請求する仕組み(金銭債権化)へと一本化されました※2。これにより、現物共有による経営への影響や、不動産の流通阻害を防ぐ効果が期待されています。
改正の焦点1:遺留分算定の基礎財産における「10年ルール」
この改正の重要なポイントの一つが、遺留分を計算するための基礎財産に算入される「特別受益」(相続人に対する生前贈与)の期間制限です。
特別受益とは、被相続人から一部の相続人に対して特別に与えられた利益(遺贈、婚姻・養子縁組、または生計の資本としての生前贈与)を指します※3。
改正後のルールでは、遺留分算定の基礎となる財産の価額に算入される相続人への生前贈与(特別受益にあたるもの)は、「相続開始前10年間」にされたものに限定されました(民法1044条3項)※4。
これは、あまりに古い贈与まで遡って遺留分計算の対象とすることは、受贈者(贈与を受けた者)の権利を不安定にし、また、被相続人(故人)の財産処分に関する最終的な意思を尊重するという観点から、その期間を合理的な範囲に限定しようとしたものです。これにより、遺産調査の手間が軽減される効果も期待されます。
改正の焦点2:見落としがちな「控除ルール」の落とし穴
しかし、ここで多くの人が見落としがちな、重要なルールの違いが存在します。それは、実際にあなたが請求できる「遺留分侵害額」を計算する際に適用される、別のルールです。
遺留分侵害額は、「遺留分額」から、遺留分権利者(請求する側)自身が被相続人から受けた遺贈や特別受益の価額を控除して算定されます(民法1046条2項1号)。
注意が必要なのは、この民法1046条2項1号を見るとお分かりの通り、この「控除」の対象となる特別受益については、上記「改正の焦点1」でお話した、民法1044条3項(10年の期間限定)は外されています。
つまり、次の二つの計算が、それぞれ別の期間制限を持つことになります。
- 遺留分算定の基礎財産(ベース)の計算:相続開始前10年以内の特別受益(相続人に対するもの)のみ算入。
- 遺留分侵害額(実際に請求できる額)の計算:請求者自身が受けた特別受益は、10年より前のものであってもすべて控除される※5。
仮に、あなたが30年前に被相続人から「生計の資本」として多額の贈与を受けていたとします。その贈与は、遺留分の基礎財産には算入されませんが、あなたが今、遺留分侵害額を請求しようとすると、その30年前の贈与額があなたの遺留分から丸ごと差し引かれることになります。その結果、本来請求できるはずだった金額が大幅に減る、あるいはゼロになってしまうこともあり得るのです。
弁護士からのアドバイス:早期の現状把握がカギ
遺留分に関する問題は、単なる感情的な対立ではなく、こうした複雑な法制度の理解と、正確な財産調査が不可欠です。特に、不動産や事業承継が絡むケースでは、遺留分の金銭化に伴い、精算方法や税務上の問題(現物で精算した場合の譲渡所得税など)も考慮しなければなりません。
「遺留分侵害額請求」には、「相続の開始および遺留分侵害の事実を知った時から1年以内」という非常に短い時効が定められています。もしご自身やご親族が過去に受けた贈与の時期や内容に心当たりがある場合は、1年という期限を念頭に置きつつ、速やかに専門家に相談し、正確な影響を試算することが、適切な権利回復への第一歩となります。
私たちは、相談者の方々が安心して将来を見据えられるよう、最新の法律知識と地域の実情に基づいたサポートを提供しています。相続に関するご不安やお悩みは、どうか一人で抱え込まず、弁護士にご相談ください。私たち(いばらき法律事務所)もご相談をお受け致します。
※1 遺留分とは
兄弟姉妹以外の相続人(配偶者、子、直系尊属)に法律上保障された最低限の遺産取得分。直系尊属のみが相続人の場合は総体的遺留分は1/3、それ以外は1/2(民法第1042条1項)。
※2 制度改正の概要
令和元年(2019年)7月1日以降の相続に適用される「遺留分侵害額請求権」は、旧法「遺留分減殺請求権」の現物返還原則を改め、金銭の支払いを求める権利(金銭債権)に一本化された(民法第1046条1項)。
※3 特別受益の範囲
被相続人が一部の相続人に対して行った遺贈、婚姻のための贈与、養子縁組のための贈与、または生計の資本としての生前贈与を指す(民法第903条1項)。
※4 基礎財産への算入期間
遺留分算定の基礎となる財産の価額に算入される相続人に対する特別受益は、相続開始前の10年間に限られる(ただし、当事者双方が遺留分権利者に損害を与えることを知ってした贈与は期間制限なし)(民法第1044条1項, 3項)。
※5 侵害額算定における控除期間
遺留分侵害額(実際に請求できる金額)を算定する際、遺留分権利者(請求者)自身が受けた特別受益の価額は遺留分額から控除されるが、この控除対象の特別受益には期間の限定がない(民法第1046条2項1号, 第903条1項)。