外国籍の方の遺言はなぜ複雑なのか?−確実な相続を実現するために
いばらき法律事務所 弁護士の横山耕平です。
暑かった季節から急に朝晩が寒くなりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。この時期は、落ち着いてご自身の身の回りのこと、この先のことなど考える方もいらっしゃるかと思います。
外国籍の方が日本に財産を残し、万が一のことがあった場合、日本の法律だけでなく、その方の母国の法律(本国法)が複雑に絡み合い、相続手続きが非常に難しくなるケースが見られます。残されたご家族が混乱しないよう、生前の準備、特に遺言書の作成は極めて重要です。
今回は、国際化が進む日本で生活されている外国籍の方々が抱える「遺言」に関するお困りごとについて、弁護士として解説させていただきます。
1 なぜ外国籍の方の遺言は複雑なのか?:国際私法の壁
国際的な私法関係において、どの国の法律を適用するかを決定するルールを「国際私法(抵触法)」といいます。外国籍者の遺言では、遺言の「方式」と「内容・効力」について、それぞれの準拠法(どの国の法律を使うか)を決定しなければなりません。
遺言の「方式」の準拠法:柔軟な選択肢
遺言書の作成形式(署名、証人、手書き等)に関する有効性は、「遺言の方式の準拠法に関する法律」(いわゆる遺言方式法)により、複数の国の法律のいずれかに適合すれば有効とされる「選択的連結」の原則が採用されています(※1)。
具体的には、遺言書の方式が以下のいずれかに適合すれば有効と認められます。
・行為地法:遺言書を作成した場所の法(例:日本で作成した場合は日本法)
・本国法:遺言者が成立時または死亡時に有した国籍の法
・住所地法:遺言者が成立時または死亡時に住所を有した地の法
・常居所地法:遺言者が成立時または死亡時に常居所を有した地の法
・不動産所在地法:不動産に関する遺言の場合、その不動産の所在地の法
また、成立時だけでなく「死亡時」の国籍・住所・常居所に基づく方式でも有効とされるため、生涯にわたる法的救済の幅が広い点が実務上の特徴です(※2)。
2 遺言の「内容」と「能力」に関する本国法の重要性
方式が有効であっても、内容や効力に関する問題は別次元です。日本の「法の適用に関する通則法」によれば、以下の事項は遺言者の本国法によって判断されます(※3)。
・遺言能力(遺言をする年齢、判断能力など)
・遺言の効力(内容の有効性・制限)
・相続(相続人の範囲、法定相続分、遺留分制度等)
例えば、韓国籍の方は、遺言や相続について原則として韓国法が準拠法になります。米国籍の方の場合、国ではなく州法が本国法とされるため、州ごとに相続制度が異なり、より複雑な検討が必要です(※4)。
したがって、日本の公証役場で遺言書を作成しても、その内容が本国法と抵触していないか、または本国法の相続制度を適切に反映しているかを事前に確認することが不可欠です。
3 日本法による遺言書を作成する実務上のメリット
日本に居住し、日本国内に不動産や預貯金を持つ外国人の方は、日本法による方式で遺言書(特に公正証書遺言)を作成することが、実務上もっともスムーズです。
(1)日本での手続きの円滑化
日本法による公正証書遺言は、登記官や金融機関での受付が迅速です。方式が明確に日本法に適合しているため、追加確認や補正を求められるリスクが少なくなります。
(2)高い証拠能力と紛争予防
公証人が関与して作成されるため、証拠能力が高く、後日、相続人間で「真意に基づく遺言か」が争われにくいという利点があります。
4 確実に遺言を残すためのヒント
①公正証書遺言と通訳者
日本語が得意な方でも、法律用語は非常に難解です。誤解を防ぎ、意思を確実に反映させるためには、通訳者を同行することもお勧めします。
② 専門家との連携が不可欠
本国法の内容は国・地域によって大きく異なり、個人での正確な理解は困難です。弁護士は、必要に応じて本国法の専門家・司法書士等の他士業と連携し、遺言内容が本国法・日本法の双方に適合するようサポートします。
③ 実務的な補足
・証明資料の準備:本国法が関係する場合、登記や金融機関手続では、本国法の条文写しや外国弁護士による法律意見書(legal opinion)の提出を求められることがあります。
・取消し方式の救済:遺言方式法3条により、取消しも2条と同じ範囲の法に適合していれば有効とされます(※2)。
まとめ
外国籍の方が日本で遺言を作成する際には、
・「方式」は遺言方式法(柔軟な選択的連結)
・「効力・能力・相続」は通則法36条・37条(本国法主義)
という二層構造を理解することが不可欠です。
相続の複雑化を防ぐには、母国法と日本法の関係を正確に整理し、弁護士・公証人・通訳者が連携して準備することが最良の解決策です。
国際的な相続に不安を感じる方は、どうぞお気軽に弁護士にご相談ください。いばらき法律事務所でも、皆様の「安心」を実現するため、誠意をもってサポートいたします。
※1 遺言の方式の準拠法に関する法律2条:行為地法・本国法・住所地法・常居所地法・不動産所在地法のいずれかに適合すれば有効。
※2 同法3条:遺言の取消しの方式も前条と同じ範囲で有効。
※3 法の適用に関する通則法36条・37条:相続は本国法、遺言の成立・効力も本国法による。
※4 通則法38条3項:地域により法を異にする国の国籍を有する者は、その地域の法を本国法とする。